4.イスラエル建国
モーゼ
ユダヤ人の先祖は、この頃はイスラエル人と呼ばれていた。飢饉が終わったあと、彼らの一部はカナンに帰り、一部はエジプトの東北部に住み着いた。このエジプトに居残ったイスラエル人の偉大な指導者がモーゼである。出エジプト記 エジプトに移住していたユダヤ人奴隷を救い出し、奇跡によって紅海を渡り、シナイ山で神と契約を結び、十戒の律法を授かった。
十戒の第一の定めは「汝、我の他はなにものも神とするなかれ」ということである。ユダヤ=イスラエル=ヘブライの民の繁栄を神が約束したとする信仰がユダヤ教である。神との契約を更新するために子羊などが生贄に使われた。それに対し、神の契約は、「イエス・キリストを介して全人類と結び直された」とするのがキリスト教である。生贄の伝統にのっとって、神の子イエスが十字架で犠牲の血を流して新しく契約を結び直したのである。ユダヤ教では聖書は旧約聖書のみであるが、キリスト教では、旧約聖書はイエス・キリストの誕生の預言の書とみなす。
モ−ゼのエジプト脱出
杖をとれ。岩に命じれば、岩は水を出す
紀元前1290年頃、エジプトにいたイスラエル人が、エジプト王(第19王朝ファラオ、アブシンベル神殿を建造したラムセス二世)の強制労働に耐えかねて、モ−ゼの指導下、カナンの地を目指してエジプトを脱出する。
過越祭
ファラオ(ラムセス二世)の悪政に神の鉄槌が下った。 戸口に塗られた子羊の血を目印にしたイスラエル人の家は「過ぎ越し」、エジプト人家の第一子を皆殺しにしてゆく。
エリコの陥落
モーゼに率いられたイスラエル人はシナイ半島から「約束の地カナン」に入ろうとしたが果たせなかった。迂回したモーゼは、はるか死海のかなたに「約束の地」を眺め渡すことのできるネボ山で息を引き取った。
ヨシュア記
モーゼの後継者ヨシュアはイスラエル人を率いて前進を続け、ヨルダン川を渡り、堅固な城壁で守られているエリコの町をまず攻め入ってから、カナン一帯を制圧した。
その後、紀元前10世紀に、サウルが最初の王として、パレスチナにイスラエル王国を建てる。
ダビデ
サウル王に継ぐ、イスラエル王国の二代目の王。ユダヤ人を苦しめていたペリシテ人に対して小石と石投げ器を使って闘った。
旧約聖書、サムエル記17章
ダビデは、その装束の上にサウルの剣を帯びて歩いてみた。ダビデはサウルに言った。「こんなものを着たのでは、歩くこともできません」。ダビデはそれらを脱ぎ去り、川岸から滑らかな石を5つ選び、羊飼いの投石袋に入れ、石投げ紐を手にして、ペリシテ人に向かっていった。パレスチナとはペリシテ人の意味。ミケランジェロのダビデは右手に石を握り、石投げ紐を左肩に掛けて、ハッタと敵をにらみつけている一瞬だ。
紀元前993年、ダビデは全イスラエル統一王国の王に。ダビデ王はペリシテ人を撃破して、北はダマスカスから南はアラビア砂漠に及ぶ大領土を実現した。これがユダヤ人の歴史で後にも先にもただ一つの統一王国だ。ダビデ王はユダヤ民族の栄光のシンボルである。ヨーロッパの教会で王冠をいただき竪琴その他の楽器を手にしている像があったら、それはダビデ。
ソロモン王の栄華
ダビデと家臣ウリアの妻バト・シェバとの間に生まれた子がソロモン。ソロモン王を訪ねてエチオピアから来たシバの女王と知恵比べをして負かしてしまう。こうしてエチオピアが建国されるが、異教の神への礼拝を許したことに神は怒って、やがてこの国を衰亡を与え始める。第二次世界大戦後にパレスチナに新しい国を造った彼らは、南の一部族に由来するユダヤという名称を避け、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫とされる12部族全体を表すイスラエルという名称を選んだ。
預言者エゼキエル
エゼキエル書(全48章)。バビロンに連れていかれたユダ王国の捕虜の一人がエゼキエル。彼は天から神が姿を現す幻想を見て、預言者となった。エゼリエル書、イザヤ書、エレミヤ書は旧約聖書の三大預言書。