小澤征爾さんの音楽の世界
引用文献「小澤征爾さんと、音楽について話をする」新潮社   小澤征爾・村上春樹著 編集:tabi-taro


 

友人、トミーが勧めてくれた本
「小澤征爾さんと、音楽について話をする」の中には、
小澤征爾さんの音楽人生とともに、
歴史的な名演奏の数々が
小澤征爾さんと村上春樹さんの素晴らしい言葉で
綴られていました。

この本の中で紹介された珠玉の名曲を
いつでもすぐに引っ張り出せるように、
また、音楽について語られたたくさんの名言を
いつでも思い返せるようにとの思いで、
あくまでも自分自身の記録ノートとして
このページを製作しました。

2012年2月5日
tabi-taro


 

始めに・・・小澤征爾さんと過ごした午後のひととき

デューク・エリントンが言っているように、世の中には「素敵な音楽」と「それほど素敵じゃない音楽」という二種類の音楽しかないのであって、ジャズであろうが、クラシック音楽であろうが、そこのところは原理的にはまったく同じことだ。「素敵な音楽」を聴くことによって与えられる純粋な喜びは、ジャンルを超えたところに存在している。(村上P12)

楽譜を読み込む作業なしに、彼にとっての音楽は成立し得ない。それはたとえ何があろうと、納得がいくまで突き詰めなければならないことなのだ。二次元の紙に印刷された複雑な記号の集積をじっと見つめ、そこから自分自身の音楽を紡ぎ、立体的に起こしていくこと。それが彼の音楽生活にとっての一番の基本なのだ。だから朝早く起きて、一人きりの場所にこもって、何時間も集中して音楽を読み込む。そのややこしい暗号のような、過去からのメッセージを読み解く。(村上P20)

 

ブラームス ピアノ協奏曲第一番

1962年4月6日 カーネギーホール、ライブ録音 指揮:レナード・バーンスタイン
ピアノ:グレン・グールド 演奏:ニューヨーク・フィルハーモニー

レナード・バーンスタインのステートメント

演奏の前にバーンスタインが聴衆の前に立って、「これは私が本来やりたいスタイルの演奏ではない。ミスター・グールドの意思でこうなった」という弁明みたいな短いステートメントを出したやつ。村上(小澤P30)

僕はそのレコーディングも立ち会ってたんです。アシスタント指揮者だったから。レニーがステートメントの中で、「自分で指揮せずに、アシスタントに振らせることもできた」って言ってますよね。それはつまり僕のことなんだ。(小澤P33)

アイコンをクリックするとステイトメントの和訳をご覧いただけます ←アイコンをクリックするとバーンスタインのステイトメントの和訳をご覧いただけます。

第一楽章

うーん、たしかにテンポが異様に遅いですね。バーンスタインが聴衆に向かって言い訳がしたくなる気持ちもわからないわけではない。(村上P31)

第一楽章
第二主題

こういうところはね、このテンポでもいいんです。セカンドテーマのところ。なかなかいいでしょう?(小澤P34)

 

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第三番

1957年 ベルリン、ライブ録音 指揮:カラヤン
ピアノ:グレン・グールド 演奏:ベルリン・フィルハーモニー

第一楽章−1

グールドの音楽って、結局のところ自由な音楽なんですよ。彼はカナダ人というか、北アメリカに住む非ヨーロッパ人たから、そういうところの違いは大きいかもしれないですね。ドイツ語圏に住んでいないってことが。それに比べてカラヤン先生の場合は、ベートーヴェンの音楽というものがもう揺るがしたく自分の中に根付いていて、だから出だしからドイツ的というか、かっちりしたシンフォニーですよね。(小澤P38)

 

 

 

第一楽章−2
第二楽章

 

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第三番

1959年 ニューヨーク、スタジオ録音 指揮:レナード・ナーンスタイン
ピアノ:グレン・グールド 演奏:ニューヨーク・フィルハーモニー

第一楽章

楽章の終わりの
長いカデンツァ

ディレクション、音楽の方向性です。レニーの場合は天性でフレーズを作る能力はあるんだけれど、自分の意思で、意図的にそういうのをこしらえてゆくというところはない。カラヤン先生の場合はひとつの意思として、まっすぐ意欲をもってやっていくんです。(小澤P40)

(リズムを自由に動かすのは)練習するときに相手の呼吸みたいなのを理解して、それに合わせるようにするわけですか?(村上P43)

そうですね、でもこれくらいのレベルの人たちになれば、本番でもすっと合わせてしまいます。(小澤P43)

  第二楽章
木管にピアノのアルペジオ

このあたりは完全にグールドの世界になっている。あの、東洋の人って、「間」の取り方が大事だっていうじゃない。でもね、西洋音楽でも、グールドみたいな人はちゃんとそれをやっているわけです。間を置くって、結局はぐっと引きつけるわけじゃないですか。同じことですよね。名人がやれば。(小澤P47)

 

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第三番

1964年 指揮:レナード・ナーンスタイン
ピアノ:ルドルフ・ゼルキン 演奏:ニューヨーク・フィルハーモニー

第二楽章

僕はどうしてもドイツ音楽がやりたかったんです。ブラームスやベートーヴェン、ブルックナー、マーラー、そういう音楽がどうしてもやりたくてイン・ストリングで弾かせた。それに抵抗していたコンサート・マスターは結局辞めていきました。シルヴァスタイン。彼は副指揮者でもあったんですが、そういう弾き方が嫌いだった。音が汚くなるって。(小澤P61)

【関連動画】

第一楽章

ゼルキン演奏
オーマンディ指揮
フィラデルフィアSO

(ボストン時代)あの頃僕はもう必死になっていたんです。オーケストラの精度を少しでも上げようと、とにかく一生懸命だった。世界の十大オーケストラのひとつに入らないといけないから、みたいなところがあって。(小澤P66)

【関連動画】

「I was too happy」
若き日を回想する
小澤征爾と、
ゼルキンとの練習風景

彼にはわかってるんです。自分にとってはこれが、この曲が最後の演奏になるだろうって。生きている間にこの曲を吹き込むことは、もうないだろうと。だから自分の思うとおりにやろう、やりたいようにやろうという気持ちがあります。(小澤P78)

ゼルキンさんは真面目いっぽうで、田舎のおじさんみたいな人。ユダヤ教の熱心な信者で。(小澤P83)

 

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第三番

内田光子演奏+小澤征爾指揮のYouTubeページは見つかりませんでした。

【関連動画】

内田光子演奏
サイモン・ラトル指揮
ベルリン・フィル・ナーモニー

間の取り方というか、音の自在な配置の仕方が、どことなくグールドを彷彿させます。(村上P87)

オーケストラの呼吸をぴたっとひとつに合わせるのって至難の技なんです。楽器によってはそれぞれ場所も離れているし、ピアノの音の聞こえ方も違うし、だから呼吸がずれてしまいそうです。そういう失敗を避けるためには、棒振りがこう、「ティイーヤンティ!」という表情の豊かな入り方をする方がいいんです。(小澤P90)

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ベートーヴェン「皇帝」
第三楽章

内田光子演奏
小澤征爾指揮

本の中では出てきませんが、大好きな「皇帝」第三楽章です

 

 

ブラームス 交響曲第一番

2010年 ニューヨーク、カーネギーホール、ライブ録音 指揮:小澤征爾 
演奏:サイトウキネン・オーケストラ

第一楽章
手術後の復活ライブ

(今回のホルンは)うん、あの人は素晴らしい。パボラークっていう人、まさに天才的です。今世界で一番うまい奏者じゃないかな。チェコ人でね。(小澤P104)

このカーネギーでの実況録音のCDは、もちろんライブ盤なんですが、雑音を除去するための処理がなされているんですね。最初聴いたとき、あまりに雑音がないんで、驚きました。え、これがライブ?って思いました。(村上P104)

第四楽章
息継ぎで途切れない演奏

(ホルンは}全部で四人だけど、この部分を吹いているのは二人だけ。でも同時に吹いているんじゃなくて、一小節ごとに、途中で短く重ね合わせながら交代します。息継ぎの間があかないように。ブラームスがそうするように指示しています。(小澤P106)

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第二楽章

オットマール指揮
ベルリン国立歌劇場

ブラームスはとても上手にホルンを使う。まるでドイツの深い森のお国、聴衆をいざなうかのように。その響きはブラームスの内奥にある精神世界の、大事なひとつの部分を担っている。その背後でティンパニーが執拗に脈動を刻む。(村上P109)

【関連動画】

第四楽章

小澤征爾
伝説のチェリスト、
リゼロッテ・ピンチェと

斉藤秀雄とフォイアマンを語る

(サイトウ・キネン)は常設のオーケストラではありませんね。つまりいつもはほかのところで仕事をしている人たちが、年に一回だけ集まって、ユニットを組んで演奏する。(村上P113)

音楽はやりたい、しかしオーケストラで年中は弾きたくないと考える人は、とくに最近になって増えてきたみたいです。(小澤P113)

斉藤先生の味が出るのはやはりブラームスだって、僕らは思ったんです。斉藤先生の考える「しゃべる弦楽器」には、ベートーベンよりもブラームスの方が向いているんじゃないかと。エスプレシーボの強い、つまり表情豊かな弦楽器には、ブラームスが向いているということです。(小澤P116)

【関連動画】

第四楽章

田中雅彦指揮
早稲田大学オーケストラ
2010年定期演奏会

2010年ワセオケ定期演奏会の動画

 

ブラームスについて

あのね。ベートーヴェンもね。九番で違ってくるんです。
ベートーヴェンのほうが、管楽器と弦楽器とお対話なんかが見えやすくなっているんです。ブラームスの場合になると、それを混ぜて音色を作っていく、ということです。

ブラームスの一番のシンフォニーでさえ、そういう特徴ははっきりありますものね。だからみんな言うじゃないですか、ブラームスの一番はベートーヴェンの十番なんだって。(小澤P119)

 

文章と音楽との関係

小説を書いていると、だんだん自然に耳がよくなってくるんじゃないかな。逆の言い方をすると、音楽的な耳を持っていないと、文章ってうまく書けないんです。だから音楽を聴くことで文章がよくなり、文章をよくしていくことで、音楽がうまく聴けるようになってくるということはあると思うんです。

それでいちばん何が大事かっていうとリズムですよね。文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まないんです。

読み手にとってと同じように書き手にとっても、リズムは大事な要素なんです。小説を書いていてそこにリズムがないと、次の文章は出てきません。すると物語りも次に進まない。文章のリズム、物語のリズム。そういうのがあると、自然に次の文章が出てきます。僕は文章を書きながら、それを自動的に頭のなかで音として起こしています。それがリズムになっていきます。ジャズでワン・コーラス、アドリブをして、それが自然に次のコーラスに繋がっていくという感じです。(村上P129)

 

スコアを読む

曲を勉強するというのは、具体的に言えば、スコアを読むということですね?(村上P144)

そう。実際のリハはやらせてもらえないから、とにかくスコアを読んで覚えるしかない。(小澤P144)

楽譜には五線しかないんですよ。そしてそこに記された音符自体には、何のむずかしさもない。ただのカタカナ、ひらがなみないなもんです。ところがそれが重なってくると、話はどんどんむずかしくなる。たとえばカナカタ、ひらがな、簡単な漢字くらいは読めても、それが組み合わさって複雑な文面になると、簡単には理解できなくなってくる。何が書いてあるかを理解するためには、それなりの知識が必要になってきますよね。文章よりも、記される記号が簡単なぶん、音楽って、わからないときには真剣にわからない。(小澤P147)

 

ベルリオーズ 幻想交響曲

1967年 トロント、マッシーホール、ライブ録音 指揮:小澤征爾
演奏:トロント・シンフォニー・オ−ケストラ

第四楽章
断頭台への行進

この録音はね、トロントのマッシー・ホールでやりました。音がひどいんで有名なところで、みんな「メッシー・ホール(でたらめホール)と呼んでました。(小澤P166)

チャーリー・パーカーが有名なライブ録音を残したところですね。ジャズ・ファンの間では「マッセイ・ホール」で通っていますが。(村上P166)

第四楽章
断頭台への行進

ボストン交響楽団

オーケストラ自体はやはり、こっちの方が遥かにいいですね。
ほら、このファゴットのパッセージなんかね、こういうところがボストンの真骨頂なんです。トロントにはちょっとできません。ティンパニなんかもぜんぜん音が違っています。(小澤P167)

【関連動画】

第二楽章
舞踏会

ボストン交響楽団

本の中では出てきませんが、大好きな第二楽章です

 

一人の無名な青年になぜそんなすごいことができたのだろう?

それは斉藤先生が教えてくれた技術です。
そうそう。オーケストラを仕込む技術。本番のときにどう振るかなんてほとんどどうでもいいんです。どうでもいいというと言い過ぎだけど、まあそんなにたいへんなことじゃない。それとは別に、練習のときにオーケストラを仕込むための棒の振り方というのがある。これがいちばん大事なんです。僕はそれを斉藤先生から教わりました。(小澤P177)

でも僕は十代の終わりにはもうその技術を身につけていました。なにしろ中学校三年のときから指揮をやっていたから。長いですよね。プロのオケを指揮するようになる前に、もう七年くらい実際にオーケストラを指揮していたわけだから。(小澤P178)

(桐朋学園から)大学に二年半行って・・・・。それでその七年ほどのあいだずっと、そこの学生オーケストラの指揮をしていた。ベルリンとかニューヨークを指揮する前に、それだけの経験をしっかり積んでいたわけです。今考えると、普通の指揮者でそんな経験をしている人はまずいないですよ。(小澤P179)

 

そういう音楽が存在したことすら知らなかった

タングルウッドの学生のときにね、僕の同室の学生がホセ・セルピエールっていって、指揮者なんだけど、彼がマーラーの一番と五番を勉強していた。そのとき僕は彼に楽譜を見せてもらって、そこで生まれて初めてマーラーっていうものを目にした。(小澤P205)

それはも、すごいショックだったですよ。そういう音楽が存在したことすら、自分がそれまで知らなかったということが、まずショックだった。(小澤P203)

ワグナーがいて、ブラームスからリヒャルト・シュトラウスに行って、そこでドイツ・ロマン派の系譜が終結したみたいなかたちになって、そのあとはシェーンベルクの十二音楽を経て、ストラヴィンスキーとかバルトークとか、プロコフィエフとかショスタコビッチみたいなところにぽんと行って・・・というのが音楽史的なおおまかな流れで、そこにマーラーとかブルックナーとかが入り込んでくる余地は、あまりなかったですよね、長いあいだ。(村上P207)

 

ウィーンで狂うということ

マーラーの生まれ故郷のカリシュトっていう小さな町のあるところ。(小澤P218)
(マーラーが生まれた頃の)ウィーンといえば、オーストリア=ハンガリー帝国の首都というだけじゃなく、ヨーロッパ文化の華やかな中心みたいなところで爛熟をきわめていたわけだし、要するに、ウィーンの人から見れば、マーラーという人はずいぶんと田舎ものだったんですね。(小澤P216)

おまけにユダヤ人で。もしマーラーがウィーンで生まれ育っていたら、ああいう音楽は出来上がらなかったじゃないかな。(村上P219)

 

暗譜

(総譜を写すのは)もちろん覚えることが究極の目的ではなくて、理解することが目的になりますが。指揮者にとっては理解力が大事なのであって、記憶力なんかはとくにどうでもいい。楽譜を見ながら指揮すればいいわけだから。(小澤P230

指揮者にとって暗譜というのは、ひとつの結果に過ぎない。そんなに大事なことじゃない。村上P230

大事なことじゃないです。暗譜するから偉いとか、暗譜しないから駄目だとか、そんなことはまったくない。ただ暗譜してていいことは、演奏者とアイコンタクトがとれることですね。とくにオペラの場合なんか、歌手を見ながら指揮して、目と目で了解がとれる。(小澤P231

 

マーラー 交響曲第一番「巨人」(タイタン)

1964年 指揮:レナード・ナーンスタイン
ピアノ:ルドルフ・ゼルキン 演奏:ニューヨーク・フィルハーモニー


3/5


4/5

【関連動画】

第三楽章
カロの画風による葬送行進曲

エッシェンバッハ指揮
ドイッチェSO

不思議な雰囲気を持った重々しい葬送のマーチが終わるとユダヤの俗謡的な音楽が登場する。(村上P226)

(葬送のマーチの後)美しく叙情的な旋律が登場する。「さすらう若人の歌」に納められた歌曲と同じメロディ。(村上P228)

これは要するにパストラル、天国の歌ですね。(小澤P228)

しかしね、考えてみれば、長いコントラバスのソロで楽章が始まるなんて、もう前代未聞ですよね。(小澤P241)

それからね、どこのオーケストラのオーディションも、必ずこの曲を演奏させます。これがうまく弾けるか弾けないか、それがすなわち、そのオーケストラに入れるか入れないかの瀬戸際になるわけです。 ティンパニが後ろで、いわば心音を刻んでいるわけです。(小澤P242)


5/5

【関連動画】

第四楽章
地獄

エッシェンバッハ指揮
ドイッチェSO

フィナーレで、七人のホルン奏者が全員立ち上がりますよね、ああいうのも楽譜にちゃんと指示があるわけですか?(村上P234)

そうです、全員で楽器を持って立ち上がれって楽譜に書いてあります。(小澤P234)

【関連動画】

「巨人」全曲

ロリン・マゼール指揮
ニューヨーク・フィルハーモニー

たとえば、「巨人」の第一楽章を聴いていると、なんだかベートーヴェンの「田園」を聴いているような気持ちにふとなっちゃうんです。(村上P213)

 

ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ

指揮:小澤征爾 演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ

【関連動画】

亡き王女のためのパヴァーヌ

小澤征爾指揮
サイトウ・キネン演奏

浅田真央のスケート

☆ラヴェルがルーヴル美術館を訪れた時、17世紀スペインの宮廷画家ディエゴ・ベラスケスが描いたマルガリータ王女の肖像画からインスピレーションを得て作曲したと言われ ­ています。「亡き王女」という題名は、「亡くなった王女の葬送の哀歌」ではなく、「昔、スペインの宮廷で小さな王女が踊ったようなパヴァーヌ」だと言われています。
☆使用曲は、小澤征爾指揮 サイトウ・キネン・オーケストラのライブで、「バラード第1番」の演技に合わせて編集しております。

 

サイトウ・キネン

サイトウ・キネンの演奏者たちは、一人一人がそれを意識してやっているんです。ボストンの演奏者たちは、みんながオーケストラ全体のことを考えて演奏しています。オーケストラ全体の音から外れるようなことは、誰もしません。

サイトウ・キネンの人たちは、もう集まって来るときから、個人芸をやってやろうと思って来てきます。みんなに自分の腕を見せてやろうと。(小澤P253)

 

ウィーン歌劇場の監督

マーラーの伝記を読むと、ウィーンの歌劇場の監督というのは、音楽の世界ではいちばん頂上に位置するんだとマーラーが言ってます。彼はその職を得るために、ユダヤ教を捨てて、キリスト教に改宗までしています。それだけの犠牲を払う価値のある地位だった。考えてみると、小澤さんはこのあいだまでそういう大変なポジションに就いていたんですね。(村上P260)

 

オペラは楽しい

カラヤン先生は本当に良いアドバイスを僕に与えてくれました。彼は言うんです。シンフォニー・レパートリーとオペラは、指揮者にとって車の両輪のようなものなんだって。どちらか一つが欠けてもうまくいかない。(小澤P287)

だいたいオペラをひとつも振らずに死んでしまったら、それはとりもなおさず、ワグナーをほとんど知らないまま死んでいくようなものじゃないか。(小澤P287)

 

ジャコモ・プッチーニ オペラ ラ・ボエーム

 1979年3月30日 ミラノ、スカラ座 指揮:カルロス・クライバー 演奏:ミラノ・スカラ座歌劇場オーケストラ

ムゼッタのワルツ

クライバー指揮
ミラノスカラ座

その頃にちょうどカルロス・クライバーが、スカラ座のオーケストラを連れて日本に来てまして、「ラ・ボエーム」をやった。で、俺はそれをその時それを観て、「あ、これは俺にはできないな」と思いました。あまりにも良くてね。(ミミ役はミレラ・フレーニ)(小澤P289)

 

ジャコモ・プッチーニ オペラ トスカ

 1980 ミラノ、スカラ座 指揮:小澤征爾 演奏:ミラノ・スカラ座歌劇場オーケストラ


第三幕
星はきらめき

情景;サンタンジェロ城屋上

僕が初めてスカラ座に出たときは、ずいぶんブーイングを受けました。パヴァロッティとやった「トスカ」です。僕はパヴァロッティと仲が良かったものだから、彼に誘われてミラノに行ったんです。(小澤P303)
そのとき、パヴァロッティが僕を慰めてくれたんです。セイジ、ここでブーイングをされれば一流のしるしだぞって。(小澤P305)

第二幕
歌に生き 愛に生き

情景;ファフネーゼ宮殿

何日かしたらブーイングが消えた。少しずつ小さくなって、ある日ぱたりと消えました。(小澤P306)

 

【関連動画】

第二幕
歌に生き 愛に生き

浅田真央のスケート

☆Luciano Pavarotti. Giacomo Puccini - E lucevan le stelle (Tosca) ☆プッチーニ作曲、歌劇『トスカ』より「星は光りぬ」。マリオ・カヴァラドッシと歌姫トスカの余りにも悲しい物語

 

スイスの小さな町で

スイス、レマン湖畔、モントルーの近くにあるロールという小さな町を本拠地として小澤さんが主宰する、若い弦楽器奏者たちのためのセミナーである。(村上P316)

しかしあるとき、鮮やかな夏の光の中、彼らの間で何かが音もなくスパークしたようだった。昼間の弦楽四重奏においても、とつぜん音がまとまりを見せ始めたのだ。そこには不思議な空気の高まりのようなものがあった。演奏者たちの呼吸は合い始め、音が美しく空気を響かせるようになり、だんだんハイドンはハイドンの音になり、シューベルトはシューベルトの音になり、ラヴェルはラヴェルの音になっていった。彼らはただ自分の演奏をこなすだけではなく、お互いの演奏を「聴き合う」ようになってきたようだった。(村上P324)

「良き音楽」ができあがるために必要なものは、まずスパーク(発火)であり、それからマジックなのだ。どちらかひとつでも欠けたら、そこにはもう「良い音楽」は存在しない。(村上P328)

あとロバート・マンさん(ジュリアード弦楽四重奏団、伝説の第一バイオリン奏者、92歳)が頻繁に口にしていたのは、ピアノという指示は弱く弾けということじゃない。ピアノとはフォルテの半分という意味なんだ、だから小さく強く引きなさい、と。(村上P351)

そうなんだ。僕らはピアノというと、ついソフトに弾いてしまうじゃないですか。でもマンさんが言うのは、音が小さくてもしっかり音を聞かせなさい。とにかくメリハリをつけろと、それが彼の言いたいことです。彼の考え方は、作曲家の意図をきっちりと音に出して演奏することです。その音をきちんとそのまま聴衆の耳に届ける。それが彼の目指していることです。(小澤P351)

あとよく彼が言っていたのは「聞こえない(I can't hear you!)」という言葉でしたね。たとえばディミヌエンドなんかで、最後の音が聞こえなくなってしまうのをよく注意していました。(村上P352)
(※デクレッシェンドは記号で表示してある部分までだんだん弱くするのに対し、ディミヌエンドはどこまでだんだん弱くするか決まっていない)

 

チャイコフスキー 弦楽セレナーデ

2011年7月3日 ジュネーブ、ヴィクトリア・ホール
演奏:小澤インターナショナル・アカデミー・スイス アンコール曲として演奏された。

2010年7月
ヴィクトリア・ホール、ライブ

チャイコフスキー
弦楽四重奏曲第二番

僕がこのセミナーに参加するにあたっていちばん興味を持ったのは、どのようにして「良き音楽」が作られていくかというプロセスだった。(村上P321)


【関連動画】

弦楽セレナーデ
第一楽章
Pezzo i forma di sonatina

ジュリアード弦楽四重奏団

若い演奏者たちはステージの上で全力を尽くし、結果はまさに見事なものだった。とくに最後のチャイコフスキーは圧巻だった。エモーショナルで、瑞々しい美しさに満ちていた。ホールの人たちは総立ちになり、拍手はいつまでも鳴り止まなかった。(村上P329)

【関連動画】

弦楽セレナーデ
第二楽章
Valse(ワルツ)

小澤征爾指揮
サイトウ・キネンO

ハイドンから始まって、現代に至るまで、名のある音楽家はこぞって弦楽四重奏曲を書いています。そういう作曲家は、四重奏を作曲をするとき、それこそ全力を傾けています。だから彼らの書いた弦楽四重奏曲を演奏することによって、その作曲家をより深く理解することができます。特にベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲を知らずして、ベートーヴェンを真に理解することはできません。(小澤P346)

【関連動画】

モーツァルト
ディヴェルティメントK136
第二楽章

小澤征爾指揮
サイトウ・キネンO

このオーケストラは、小澤征爾さんとロバート・マンさんの二人が指揮をする。今年選ばれた曲は、小澤さんの指揮するモーツァルト「ディヴェルティメントK136」。それからアンコール用に、チャイコフスキー「弦楽セレナーデ」の第一楽章が用意される。(村上P319)

 

弦楽四重奏の大切さ

それから最後の頃にはタングルウッドでも、弦楽四重奏の指導を始めました。弦楽四重奏ができなければ何も出来ないとうい観点から。(小澤P359)

一人で演奏しているときに比べて、耳が四方八方に向かって広がるんです。これは音楽家にとってすごく大切なことです。もちろんオーケストラでもそれは同じことです。他人のやっていることに耳を澄ませなければいけないという意味では。でもね、弦楽四重奏では楽器同士のあいだで、より親密なコミュニケーションができるんです。自分が演奏しながら、ほかの楽器の演奏に耳を傾けます。そして演奏家のあいだで個人的な意見の交換があります。オーケストラではそういうことはできないですよね。人が多すぎるし。でも四人だけだと、じかに意見が言い合える。そうすることで音楽が深くなっていくんです。(小澤P366)

とにかくね、ここ(ヨーロッパ)では自己主張をするのが当たり前のことなんです。自己主張しなければやっていけない。ところが日本ではみんな、じっくり考えに考えた末に行動します。あるいはじっくり考えに考えた末に、何もやらない。そういう違いはある。(小澤P368)