小澤征爾さんの音楽の世界 |
友人、トミーが勧めてくれた本 この本の中で紹介された珠玉の名曲を 2012年2月5日
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始めに・・・小澤征爾さんと過ごした午後のひととき |
デューク・エリントンが言っているように、世の中には「素敵な音楽」と「それほど素敵じゃない音楽」という二種類の音楽しかないのであって、ジャズであろうが、クラシック音楽であろうが、そこのところは原理的にはまったく同じことだ。「素敵な音楽」を聴くことによって与えられる純粋な喜びは、ジャンルを超えたところに存在している。(村上P12) 楽譜を読み込む作業なしに、彼にとっての音楽は成立し得ない。それはたとえ何があろうと、納得がいくまで突き詰めなければならないことなのだ。二次元の紙に印刷された複雑な記号の集積をじっと見つめ、そこから自分自身の音楽を紡ぎ、立体的に起こしていくこと。それが彼の音楽生活にとっての一番の基本なのだ。だから朝早く起きて、一人きりの場所にこもって、何時間も集中して音楽を読み込む。そのややこしい暗号のような、過去からのメッセージを読み解く。(村上P20) |
1962年4月6日 カーネギーホール、ライブ録音 指揮:レナード・バーンスタイン |
レナード・バーンスタインのステートメント |
演奏の前にバーンスタインが聴衆の前に立って、「これは私が本来やりたいスタイルの演奏ではない。ミスター・グールドの意思でこうなった」という弁明みたいな短いステートメントを出したやつ。村上(小澤P30) 僕はそのレコーディングも立ち会ってたんです。アシスタント指揮者だったから。レニーがステートメントの中で、「自分で指揮せずに、アシスタントに振らせることもできた」って言ってますよね。それはつまり僕のことなんだ。(小澤P33) |
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第一楽章 |
うーん、たしかにテンポが異様に遅いですね。バーンスタインが聴衆に向かって言い訳がしたくなる気持ちもわからないわけではない。(村上P31) |
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第一楽章 第二主題 |
こういうところはね、このテンポでもいいんです。セカンドテーマのところ。なかなかいいでしょう?(小澤P34) |
1957年 ベルリン、ライブ録音 指揮:カラヤン |
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第三番 1959年 ニューヨーク、スタジオ録音 指揮:レナード・ナーンスタイン |
第一楽章
楽章の終わりの |
ディレクション、音楽の方向性です。レニーの場合は天性でフレーズを作る能力はあるんだけれど、自分の意思で、意図的にそういうのをこしらえてゆくというところはない。カラヤン先生の場合はひとつの意思として、まっすぐ意欲をもってやっていくんです。(小澤P40) (リズムを自由に動かすのは)練習するときに相手の呼吸みたいなのを理解して、それに合わせるようにするわけですか?(村上P43) そうですね、でもこれくらいのレベルの人たちになれば、本番でもすっと合わせてしまいます。(小澤P43) |
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第二楽章 木管にピアノのアルペジオ |
このあたりは完全にグールドの世界になっている。あの、東洋の人って、「間」の取り方が大事だっていうじゃない。でもね、西洋音楽でも、グールドみたいな人はちゃんとそれをやっているわけです。間を置くって、結局はぐっと引きつけるわけじゃないですか。同じことですよね。名人がやれば。(小澤P47) |
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第三番 1964年 指揮:レナード・ナーンスタイン |
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第三番 内田光子演奏+小澤征爾指揮のYouTubeページは見つかりませんでした。 |
2010年 ニューヨーク、カーネギーホール、ライブ録音 指揮:小澤征爾 |
ブラームスについて |
あのね。ベートーヴェンもね。九番で違ってくるんです。 ブラームスの一番のシンフォニーでさえ、そういう特徴ははっきりありますものね。だからみんな言うじゃないですか、ブラームスの一番はベートーヴェンの十番なんだって。(小澤P119) |
文章と音楽との関係 |
小説を書いていると、だんだん自然に耳がよくなってくるんじゃないかな。逆の言い方をすると、音楽的な耳を持っていないと、文章ってうまく書けないんです。だから音楽を聴くことで文章がよくなり、文章をよくしていくことで、音楽がうまく聴けるようになってくるということはあると思うんです。 それでいちばん何が大事かっていうとリズムですよね。文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まないんです。 読み手にとってと同じように書き手にとっても、リズムは大事な要素なんです。小説を書いていてそこにリズムがないと、次の文章は出てきません。すると物語りも次に進まない。文章のリズム、物語のリズム。そういうのがあると、自然に次の文章が出てきます。僕は文章を書きながら、それを自動的に頭のなかで音として起こしています。それがリズムになっていきます。ジャズでワン・コーラス、アドリブをして、それが自然に次のコーラスに繋がっていくという感じです。(村上P129) |
スコアを読む |
曲を勉強するというのは、具体的に言えば、スコアを読むということですね?(村上P144) そう。実際のリハはやらせてもらえないから、とにかくスコアを読んで覚えるしかない。(小澤P144) 楽譜には五線しかないんですよ。そしてそこに記された音符自体には、何のむずかしさもない。ただのカタカナ、ひらがなみないなもんです。ところがそれが重なってくると、話はどんどんむずかしくなる。たとえばカナカタ、ひらがな、簡単な漢字くらいは読めても、それが組み合わさって複雑な文面になると、簡単には理解できなくなってくる。何が書いてあるかを理解するためには、それなりの知識が必要になってきますよね。文章よりも、記される記号が簡単なぶん、音楽って、わからないときには真剣にわからない。(小澤P147) |
1967年 トロント、マッシーホール、ライブ録音 指揮:小澤征爾 |
一人の無名な青年になぜそんなすごいことができたのだろう? |
それは斉藤先生が教えてくれた技術です。 でも僕は十代の終わりにはもうその技術を身につけていました。なにしろ中学校三年のときから指揮をやっていたから。長いですよね。プロのオケを指揮するようになる前に、もう七年くらい実際にオーケストラを指揮していたわけだから。(小澤P178) (桐朋学園から)大学に二年半行って・・・・。それでその七年ほどのあいだずっと、そこの学生オーケストラの指揮をしていた。ベルリンとかニューヨークを指揮する前に、それだけの経験をしっかり積んでいたわけです。今考えると、普通の指揮者でそんな経験をしている人はまずいないですよ。(小澤P179) |
そういう音楽が存在したことすら知らなかった |
タングルウッドの学生のときにね、僕の同室の学生がホセ・セルピエールっていって、指揮者なんだけど、彼がマーラーの一番と五番を勉強していた。そのとき僕は彼に楽譜を見せてもらって、そこで生まれて初めてマーラーっていうものを目にした。(小澤P205) それはも、すごいショックだったですよ。そういう音楽が存在したことすら、自分がそれまで知らなかったということが、まずショックだった。(小澤P203) ワグナーがいて、ブラームスからリヒャルト・シュトラウスに行って、そこでドイツ・ロマン派の系譜が終結したみたいなかたちになって、そのあとはシェーンベルクの十二音楽を経て、ストラヴィンスキーとかバルトークとか、プロコフィエフとかショスタコビッチみたいなところにぽんと行って・・・というのが音楽史的なおおまかな流れで、そこにマーラーとかブルックナーとかが入り込んでくる余地は、あまりなかったですよね、長いあいだ。(村上P207) |
ウィーンで狂うということ |
マーラーの生まれ故郷のカリシュトっていう小さな町のあるところ。(小澤P218) おまけにユダヤ人で。もしマーラーがウィーンで生まれ育っていたら、ああいう音楽は出来上がらなかったじゃないかな。(村上P219) |
暗譜 |
(総譜を写すのは)もちろん覚えることが究極の目的ではなくて、理解することが目的になりますが。指揮者にとっては理解力が大事なのであって、記憶力なんかはとくにどうでもいい。楽譜を見ながら指揮すればいいわけだから。(小澤P230) 指揮者にとって暗譜というのは、ひとつの結果に過ぎない。そんなに大事なことじゃない。(村上P230) 大事なことじゃないです。暗譜するから偉いとか、暗譜しないから駄目だとか、そんなことはまったくない。ただ暗譜してていいことは、演奏者とアイコンタクトがとれることですね。とくにオペラの場合なんか、歌手を見ながら指揮して、目と目で了解がとれる。(小澤P231) |
1964年 指揮:レナード・ナーンスタイン |
【関連動画】
第三楽章 エッシェンバッハ指揮 |
不思議な雰囲気を持った重々しい葬送のマーチが終わるとユダヤの俗謡的な音楽が登場する。(村上P226) (葬送のマーチの後)美しく叙情的な旋律が登場する。「さすらう若人の歌」に納められた歌曲と同じメロディ。(村上P228) これは要するにパストラル、天国の歌ですね。(小澤P228) しかしね、考えてみれば、長いコントラバスのソロで楽章が始まるなんて、もう前代未聞ですよね。(小澤P241) それからね、どこのオーケストラのオーディションも、必ずこの曲を演奏させます。これがうまく弾けるか弾けないか、それがすなわち、そのオーケストラに入れるか入れないかの瀬戸際になるわけです。 ティンパニが後ろで、いわば心音を刻んでいるわけです。(小澤P242) |
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【関連動画】
第四楽章
エッシェンバッハ指揮 |
フィナーレで、七人のホルン奏者が全員立ち上がりますよね、ああいうのも楽譜にちゃんと指示があるわけですか?(村上P234) そうです、全員で楽器を持って立ち上がれって楽譜に書いてあります。(小澤P234) |
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【関連動画】
「巨人」全曲 ロリン・マゼール指揮 |
たとえば、「巨人」の第一楽章を聴いていると、なんだかベートーヴェンの「田園」を聴いているような気持ちにふとなっちゃうんです。(村上P213) |
指揮:小澤征爾 演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ |
【関連動画】
亡き王女のためのパヴァーヌ 小澤征爾指揮 |
☆ラヴェルがルーヴル美術館を訪れた時、17世紀スペインの宮廷画家ディエゴ・ベラスケスが描いたマルガリータ王女の肖像画からインスピレーションを得て作曲したと言われ |
サイトウ・キネン |
サイトウ・キネンの演奏者たちは、一人一人がそれを意識してやっているんです。ボストンの演奏者たちは、みんながオーケストラ全体のことを考えて演奏しています。オーケストラ全体の音から外れるようなことは、誰もしません。 サイトウ・キネンの人たちは、もう集まって来るときから、個人芸をやってやろうと思って来てきます。みんなに自分の腕を見せてやろうと。(小澤P253) |
ウィーン歌劇場の監督 |
マーラーの伝記を読むと、ウィーンの歌劇場の監督というのは、音楽の世界ではいちばん頂上に位置するんだとマーラーが言ってます。彼はその職を得るために、ユダヤ教を捨てて、キリスト教に改宗までしています。それだけの犠牲を払う価値のある地位だった。考えてみると、小澤さんはこのあいだまでそういう大変なポジションに就いていたんですね。(村上P260) |
オペラは楽しい |
カラヤン先生は本当に良いアドバイスを僕に与えてくれました。彼は言うんです。シンフォニー・レパートリーとオペラは、指揮者にとって車の両輪のようなものなんだって。どちらか一つが欠けてもうまくいかない。(小澤P287) だいたいオペラをひとつも振らずに死んでしまったら、それはとりもなおさず、ワグナーをほとんど知らないまま死んでいくようなものじゃないか。(小澤P287) |
1979年3月30日 ミラノ、スカラ座 指揮:カルロス・クライバー 演奏:ミラノ・スカラ座歌劇場オーケストラ |
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ムゼッタのワルツ
クライバー指揮 |
その頃にちょうどカルロス・クライバーが、スカラ座のオーケストラを連れて日本に来てまして、「ラ・ボエーム」をやった。で、俺はそれをその時それを観て、「あ、これは俺にはできないな」と思いました。あまりにも良くてね。(ミミ役はミレラ・フレーニ)(小澤P289) |
1980 ミラノ、スカラ座 指揮:小澤征爾 演奏:ミラノ・スカラ座歌劇場オーケストラ |
第三幕 星はきらめき 情景;サンタンジェロ城屋上 |
僕が初めてスカラ座に出たときは、ずいぶんブーイングを受けました。パヴァロッティとやった「トスカ」です。僕はパヴァロッティと仲が良かったものだから、彼に誘われてミラノに行ったんです。(小澤P303) |
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第二幕 歌に生き 愛に生き 情景;ファフネーゼ宮殿 |
何日かしたらブーイングが消えた。少しずつ小さくなって、ある日ぱたりと消えました。(小澤P306)
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【関連動画】
第二幕 浅田真央のスケート |
☆Luciano Pavarotti. Giacomo Puccini - E lucevan le stelle (Tosca) ☆プッチーニ作曲、歌劇『トスカ』より「星は光りぬ」。マリオ・カヴァラドッシと歌姫トスカの余りにも悲しい物語 |
スイスの小さな町で |
スイス、レマン湖畔、モントルーの近くにあるロールという小さな町を本拠地として小澤さんが主宰する、若い弦楽器奏者たちのためのセミナーである。(村上P316) しかしあるとき、鮮やかな夏の光の中、彼らの間で何かが音もなくスパークしたようだった。昼間の弦楽四重奏においても、とつぜん音がまとまりを見せ始めたのだ。そこには不思議な空気の高まりのようなものがあった。演奏者たちの呼吸は合い始め、音が美しく空気を響かせるようになり、だんだんハイドンはハイドンの音になり、シューベルトはシューベルトの音になり、ラヴェルはラヴェルの音になっていった。彼らはただ自分の演奏をこなすだけではなく、お互いの演奏を「聴き合う」ようになってきたようだった。(村上P324) 「良き音楽」ができあがるために必要なものは、まずスパーク(発火)であり、それからマジックなのだ。どちらかひとつでも欠けたら、そこにはもう「良い音楽」は存在しない。(村上P328) あとロバート・マンさん(ジュリアード弦楽四重奏団、伝説の第一バイオリン奏者、92歳)が頻繁に口にしていたのは、ピアノという指示は弱く弾けということじゃない。ピアノとはフォルテの半分という意味なんだ、だから小さく強く引きなさい、と。(村上P351) そうなんだ。僕らはピアノというと、ついソフトに弾いてしまうじゃないですか。でもマンさんが言うのは、音が小さくてもしっかり音を聞かせなさい。とにかくメリハリをつけろと、それが彼の言いたいことです。彼の考え方は、作曲家の意図をきっちりと音に出して演奏することです。その音をきちんとそのまま聴衆の耳に届ける。それが彼の目指していることです。(小澤P351) あとよく彼が言っていたのは「聞こえない(I
can't hear you!)」という言葉でしたね。たとえばディミヌエンドなんかで、最後の音が聞こえなくなってしまうのをよく注意していました。(村上P352) |
2011年7月3日 ジュネーブ、ヴィクトリア・ホール |
弦楽四重奏の大切さ |
それから最後の頃にはタングルウッドでも、弦楽四重奏の指導を始めました。弦楽四重奏ができなければ何も出来ないとうい観点から。(小澤P359) 一人で演奏しているときに比べて、耳が四方八方に向かって広がるんです。これは音楽家にとってすごく大切なことです。もちろんオーケストラでもそれは同じことです。他人のやっていることに耳を澄ませなければいけないという意味では。でもね、弦楽四重奏では楽器同士のあいだで、より親密なコミュニケーションができるんです。自分が演奏しながら、ほかの楽器の演奏に耳を傾けます。そして演奏家のあいだで個人的な意見の交換があります。オーケストラではそういうことはできないですよね。人が多すぎるし。でも四人だけだと、じかに意見が言い合える。そうすることで音楽が深くなっていくんです。(小澤P366) とにかくね、ここ(ヨーロッパ)では自己主張をするのが当たり前のことなんです。自己主張しなければやっていけない。ところが日本ではみんな、じっくり考えに考えた末に行動します。あるいはじっくり考えに考えた末に、何もやらない。そういう違いはある。(小澤P368) |