レナード・バーンスタインのステイトメント和訳

グールドがもうすぐここに現れます。

 皆さんご存じのように、私は木曜夜のプレビュー以外にコンサートで話すことはないのですが、面白い状況なので2〜3申し上げます。

 皆様はもうすぐ「オーソドックスでない」演奏を聴くことになるわけですが、これは今までに聴いたどんな演奏とも明らかに異なるもので、ブラームスの譜面からの指示からはやや逸脱しているものです。グールドのこの解釈に私は全面的に同意するとは申し上げられません。となるとここに興味深い疑問が生じます。指揮者である私はどうすればいいかということです。

 私はグールドが価値ある本物の芸術家である故に指揮をするのであり、彼が良かれと思うことを尊重しなければならないからです。彼の解釈は皆様が聴くに十分価するものだと思います。しかし、根本的な問題が残ります。コンサートのボスはソリストなのか指揮者なのか、ということです。(笑)

 答はその時々と両者の係わり合いによって異なるのでしょうが、今宵、より良い演奏を追求すべく、時には脅迫し(笑)をも受けながら、二人力を合わせて一体となったパフォーマンスを目指すものです。

 私はこの人生で一度だけ、全く新しい比肩するもののないソリストに服従せざるをえなかったことがあります。それは前回グールドと競演した時です。(大笑) しかし今宵は我々の解釈の間に隔たりはなく、問題はないと感じています。

 繰り返しですが、ソリストの横で小さくなっていることになるかもしれないのになぜ私は指揮をするのか、ということですが、私は彼に魅了されており、この曲の新しい面を見る機会を得ることが嬉しいからであり、次にグールドの演奏が新鮮な驚きをもたらす瞬間があるからです。三つめに、この尋常ではない芸術家、考えるパフォーマーから、我々全員が何かを学べるからです。そして、音楽に好奇心と冒険と実験の要素が含まれているからです。

 ブラームスコンサートでグールドとコラボレイトした今週はずっと冒険であったと言えます。今から皆様にその冒険のスピリットをお届けします。