オペラで読み解く欧州史
2021年6月編集:tabi-taro


欧州史と登場人物

オペラ作品と台詞

1260年:アルハンブラ宮殿の建設

1311年:アルフォンソ11世生誕

父=フェルナンド4世
母=コンスタンサ・デ・ポルトガル
子=ペドロ1世
庶子=エンリケ2世


生後13か月で即位。レコンキスタを成功させ王権を強化した。

1347年にクリミア半島から上陸した黒死病の猛威は1349年まで続きヨーロッパの全人口の1/5から1/3が犠牲となった。3月27日聖金曜日、カスティリャ国王アルフォンソ11世は黒死病で急死した。

アルフォンソ11世
1311-1350

1348年:アルハンブラ宮殿竣工

1350年:ペドロ1世、カスティーリャ王即位

父=アルフォンソ11世
母=マリア・デ・ポルトガル

ドン・ペドロはアルフォンソ11世と正妻マリアの子供。

エンリケとの海戦にシモン・ボッカネグラを起用。

 

 

ペドロ1世
1334-1369

1351年:レオノールの処刑

父=ペドロ・デ・グスマン
母=ファナ・ポンセ・レオン

ドン・ペドロは庶子のエンリケと敵対し、エンリケの生母レオノールを処刑した。

 

処刑前にわが子に別れを告げる
レオノール・ド・グスマン
1310-1351

 

 

 

 

 

1369年:エンリケ2世、トラスタマラ朝開設

父=アルフォンソ11世
母=レオノール・ド・グスマン
子=ファン1世

エンリケ2世はアルフォンソ11世と愛妾レオノールの子供。異母弟ペドロ1世を倒し、カスティーリャ王国トラスタマラ王朝の初代国王となる。

この王朝は連綿と続き、エンリケ2世の5代後がイサベル女王である。

 

エンリケ2世
1334-1379

 
ラ・ファヴォリータ

ドニゼッティ

 

舞台:カステーリア
時代:トラスタマラ王朝
題材:アルフォンソ11世と愛妾レオノーラ

レオノーラは王の愛人

レオノーラを溺愛するアルフォンソ11世

♪私のフェルナンド♬
フェルナンドを愛しているが
自分の境遇を打ち明けられない複雑な心境を歌う

 

⇒大きい画像で家系図を開く

 

 

 

 

 

1452年:レオナルドダヴィンチ誕生

1474年:イサベル女王戴冠式

父=ファン2世
母=イサベル・デ・ポルトガル(狂王妃)
次女ファナ=フィリップ美公と結婚してカール5世を産む
四女カタリーナ=ヘンリー8世との間にメアリー1世を産む

トラスタマラ朝のカスティーリャ女王。夫フェルナンド2世と共にカトリック両王と証されスペインの黄金期を築いた。

 

 

イサベル1世
1451-1504

1492年1月2日:グラナダ陥落
1492年10月12日:コロンブス新大陸発見
1495年:ルターの宗教改革

 イサベル女王の子供たち

1519年:フランソワ1世フランス国王に即位

父=シャルル・ドルレアン
母=ルイーズ・ド・サヴォワ
配偶者=クロード・ド・フランス
次男=アンリ2世

ヨーロッパは皇帝カール5世対仏王フランソワ1世の一騎打ちという形で展開される。二人を主役とすれば、脇役はローマ法王レオ10世、クレメンス7世、英王ヘンリー8世、トルコのスレイマン大帝となる。そして大きな筋書きとして次の二点が確認される。「フランスは、スペインと神聖ローマ帝国によって包囲されたことに非常な恐怖を覚えた」。「ローマ法王はカール5世の絶対的権威を恐れるあまり、法王庁の権益を守ためにはいかなる手段でも講じようとする」。

フランソワ1世
1494-1547

1520年:カール5世戴冠

父=フィリップ美公(ハプスブルク)
母=カスティーリャ狂女王ファナ(イサベルの4女)
子=フェリペ2世

1555年から翌年にかけてのカール5世の退位はきわめて劇的で感動的だった。皇帝はまずブリュッセルでブルゴーニュゆかりの金羊毛騎士団の団長を辞し、ネーデルランドの統治を嫡子フィリップに委譲した。さらにはカスティリア、アラゴン、ナポリ、シチリアそして新大陸の君主の地位を捨てた。スペインの最も格式が高いサンチャゴなどの三大騎士修道会の団長を辞任した。世界に君臨した不世出の皇帝は、あらゆる官職を惜しげもなく捨てたのである。波瀾万丈の生涯を終えた皇帝は「モット先へ=プルス・ウルトラ」という人生の標語を残しつつ、1558年9月21日、永遠の眠りについた。

カール5世
1500-1558

1527年:フェリペ2世生誕

父=カール5世(カルロス1世)
母=イサベル・デ・ポルトガル
子=ドン・カルロス

フェリペ2世の名を世に高らしめたのは、イスラム教徒とキリスト教徒の歴史的対戦として有名な1571年のレパントの海戦である。西欧軍の総師として活躍したのは、カール5世の庶子ドン・ファンダウストリアだった。

レパントの海戦のあった1571年の前後20年間が、スペイン王国の最盛期だった。フェリペ2世の統治を最もよく象徴するのは、エスコリアル宮殿の造営である。さらに彼はスペインの中央に位置するという理由でマドリッドを王国の首都と定めた。

フェリペ2世
1527-1598

1545年:ドン・カルロス生誕

父=フェリペ2世
母=マリア・デ・ポルトガル

スペインがヨーロッパの覇権を失うのはイギリスの目覚ましい台頭による。スペインの誇る無敵艦隊は1588年英国に破れた。時代の趨勢から言って、すでにスペインのヨーロッパ支配は終幕していた。17世紀のスペインは、言ってみれば前世紀の遺産を食い潰してゆくようなものだった。しかしスペイン文化が円熟の極みに到達するのは、むしろ政治的には衰退してゆくこの17世紀においてである。グレコ、ベラスケス、ムリリョらのスペイン絵画は、この時代にこそ開花するのである。

ドン・カルロス
1545-1568

1547年:アンリ2世フランス国王に即位
(ヴァロア朝)

1558年:カール5世没

1559年:アンリ2世騎馬試合の不運

父=フランソワ1世
母=クロード・フランス
配偶者=カトリーヌ・ド・メディシス
長男=フランソワ2世
長女=エリザベート(フェリペ2世に嫁ぐ)

アンリ二世の発案で騎馬試合が行われることになった。 6月30日午前10時。すでに太陽が高く上がった頃王妃カトリ−ヌが、今はスペイン王妃となった娘のエリザベト、嫁のメアリ・ステュア−トらを従えて、特別観覧席に登場する。

何より人目を引いたのはカトリ−ヌの格好だった。この晴れの日に彼女が身に着けていたのは、何と宮中の喪の色である紫色の衣装なのだ。果たして不吉な夢は現実となった。モンゴメリ−伯の先の砕けた槍が勢い余って国王の目に突き刺さり、こめかみを突き抜けたのだ。場内は騒然となって、カトリ−ヌは其の場に気絶した。

アンリ2世
1519-1559


1559年6月:エリザベート、スペイン王妃に

父=アンリ2世
母=カトリーヌ・ド・メディシス
配偶者=フェリペ2世

エリザベートは14歳の時、フランス=スペイン間で締結されたカトー・カンブレジ条約にしたがってフェリペ2世に輿入れすることになった。フェリペ2世はエリザベートより18歳年上で、長男ドン・カルロスの婚約者であったエリザベートを妻に迎えた。フェリペより遣わされたアルバ公爵を代理人とした結婚式は、1559年6月22日、パリのノートルダム大聖堂で行われた。

 

 

エリザベート
1519-1559

1559年7月:アンリ2世死去


1571年:レパントの海戦でフェリペ2世勝利
1584年:エスコリアル宮殿完成

1588年:スペイン無敵艦隊はイギリスに敗北
1589年:豊臣秀吉、没
1589年:フランス・ヴァロア王朝の終焉
1613年:支倉常長、スペインへ出航

 

ドン・カルロ

ヴェルディ

 

舞台:フォンテーヌ・ブロー/マドリード
時代:スペイン・ハプスブルク
題材:フェリペ2世の宮廷

フォンテーヌブロー

婚約者の二人はフォンテーヌブローで出会う

エリザベッタは王子カルロの婚約者

カルロとエリザベッタはフォンテーヌブローで出会う

カール5世は引退後ユステ修道院で暮らし
この修道院で亡くなった。
後にフェリペ2世の希望により遺体は
エル・エスコリアル修道院の王室霊廟に移送された。

 

スペイン

パリの母君とはカトリーヌ・ド・メディシス

不運な馬上試合のこと

   
   

 

フェリペ2世の4人の妻たち

カスティーリャ女王イサベルの孫がカール5世で、その子供がフェリペ2世
フェリペ2世は生涯4回結婚で、最初の妻マリアカール5世の妹)との子供がドン・カルロ
ドン・カルロの母マリアドン・カルロを出産後、若くして死亡。フェリペ2世が2番目の妻としたのはイングランドのメアリー1世
メアリー1世イサベル女王の娘で英国ヘンリー8世に嫁いだキャサリンの子供。
メアリーフェリペ2世よりも11歳も年上で高齢のため子供は産まないまま死亡。
そこで3番目の妻として選んだのが
フランス・ヴァロア家のエリザベート王女。(フェリペ32歳、エリザベート14歳)
エリザベートはかのフランソワ1世の子供であるアンリ2世カトリーヌ・ド・メディシスの間の長女でフランス王フランソワ2世の妹。
フェリペ2世エリザベートとの間に2児(いずれも女児)を得た。
フェリペ2世の後スペイン王家を継いだのはフェリペ2世の4番目の妻アンナが産んだフェリペ3世

イサベル1世からフェリペ4世までの家系図

家系図をクリックすると大きい画像が見られます

 

 

 

 

 

 

 

 

 


史実としてのドン・カルロ

イサベル女王の娘がファナ。

       

 

 


ヨーロッパ歴史年表

BC4  キリストが生まれる
375 ゲルマン民族の大移動
486 フランク王国建国
661 イスラム帝国ができる
870 フランク王国がフランス・ドイツ・イタリアに分割
1096 十字軍の遠征が始まる
1300 ルネッサンスが始まる
1450 グーテンベルクが印刷術を発明
1479 スペイン王国が成立、大航海時代が始まる
1492 コロンブス、アメリカ大陸発見
1517 ルターが宗教改革を興す
1558 エリザベス1世が即位
1600 イギリス、東インド会社設立
1643 ルイ14世がフランス国王即位
1740 フリッドリッヒ、プロイセン国王即位
1745 イギリスで産業革命が始まる
1789 フランス革命が起こる
1804 ナポレオンが皇帝となる
1830 フランス7月革命
1848 フランス2月革命
1861 イアリアの統一
1870 普仏戦争〜ドイツの統一
1882 三国同盟
1891 露仏同盟
1907 三国協商
1914 第一次世界大戦
1919 ベルサイユ条約
1920 国際連盟の成立
1939 第二次世界大戦
1945 ポツダム宣言
1957 ヨーロッパ経済共同体成立
1967 ヨーロッパ共同体発足
1990 統一ドイツ誕生
1991 湾岸戦争が起こる