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1034年:ダンカン1世、スコットランド王即位
1040年:マクベス、スコットランド王即位

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父=マリ領主フィンレック
母=ドウナダ
配偶者=グロッホ
「ハムレット」「オセロー」「ルア王」と並ぶシェイクスピアの4大悲劇のひとつ。
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マクベス
1005-1057
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舞台:スコットランド
時代:11世紀中頃
題材:シェークスピアの戯曲にもなった史実
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魔女たちはマクベスが王になることを予言する
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魔女の予言の実現をけしかけるマクベスの妻
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1371年:スコットランドにステュアート朝
1509年:ヘンリー8世即位

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父=ヘンリー7世
母=エリザベス・オブ・ヨーク
子=メアリー1世、エリザベス1世、エドワード6世
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ヘンリー8世
1491-1547
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舞台:イングランド
時代:テューダー王朝
題材:アン・ブーリンとキャサリン
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キャサリンオブアラゴンとアンブーリン
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アンブーリンを口説くヘンリー8世
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キャサリンとの結婚を無効にする司法会議
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1533年:アン・ブーリン王妃に

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父=トマス・ブーリン
母=エリザベス・ハワード
子=エリザベス1世
フランスから戻ったアンはその洗練された身のこなしと美しさでヘンリー王を魅了。そして愛人ではなく王妃となるために王にキャサリンとの離婚を要求。しかしカトリックでは離婚は許されず、時のローマ法王クレメンス7世は当然離婚申請を却下した。するとヘンリー8世はローマ法王の世話にはならないと、英国独自の国教会を設立。これが今もイギリスに残る英国国教の成立。ウエストミンスター寺院がその総本山。
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アン・ブーリン
1501-1536
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1536年:ヘンリー8世、王妃アンを処刑
この時エリザベス3歳
1542年:スコットランド女王メアリ・ステュアート(メアリー1世)即位

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父=ジェームス5世
母=メアリー・オブ・ギーズ
子=ジェームス1世(6世)
配偶者=フランソワ2世
イングランドではカトリック信者であることとエリザベス1世の王位継承権を脅かすものとして幽閉され、エリザベス1世の命により処刑された
終生未婚で、子孫を残さなかったエリザベス1世に対し、メアリーの血は連綿として続き、以後のイングランド・スコットランド王、グレートブリテン王、連合王国の王は、すべてメアリーの直系子孫である。
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メアリー・スチュアート
1542-1587
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1553年:イングランド女王メアリ1世即位

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父=ヘンリー8世
母=キャサリン・オブ・アラゴン
配偶者=フェリペ2世
イングランドではカトリック信者であることとエリザベス1世の王位継承権を脅かすものとして幽閉され、エリザベス1世の命により処刑された
英国史上初の女王。母はスペイン王女キャサリンで熱心なカトリック信者。新教徒を迫害し「血のメアリ」と呼ばれる
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メアリー1世
1516-1558
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舞台:イングランド
時代:テューダー王朝
題材:アン・ブーリンとジェーン・シーモア
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左からエリザベス1世/
アン・ブーリン/ジェーン・シーモア |
シーモアに言い寄るヘンリー8世 |
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アンへの愛を断ち切れないリッカルド |
二人の密会は王の知るところとなり |
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ヘンリー8世はアンを捨てて
シーモアを王妃に |
ヘンリー王はアンを断頭台に送る |
舞台:イングランド
時代:テューダー王朝
題材:メアリー・スチュアートとエリザベス1世
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1537年:ジェームス5世結婚

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父=ジェームス4世
母=マーガレット・チューダー
子=メアリー・スチュアート
パリノートルダム寺院にてフランス王フランソワ1世の娘マドレーヌと結婚
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ジェームス5世
1512-1542
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スコットランド国王ジャコモは
ウベルトと名乗りエレナと出会う
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ウベルトは実はスコットランド国王
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キこの指環を見せれば
全員の恩赦がかなうでしょう
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約束通り反乱軍を許す王
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1558年:エリザベス1世即位(1558-1603)
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父=ヘンリー8世
母=アン・ブーリン
配偶者=生涯独身
愛人:エセックス伯ロバート・デヴァルー
ヘンリー8世とアンブーリンの子。異母姉メアリー1世の死後、女王に即位。スペインの無敵艦隊を破ったテューダー王朝絶対王政全盛期の女王
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エリザベス1世
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1603年:エリザベス女王死去
1603年:ジェームス1世

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父=ダーリン卿
母=スコットランド女王メアリー・スチュアート
子=チャールズ1世
エリザベス1世はコットランド女王メアリーを処刑したが、その子王ジェームス6世のイングランド王位継承権を認めた。このことがイングランドにおけるスチュアート朝の幕開けとなり、以後、グレートブリテン王国の誕生まで王冠連合が続くことになる。
王権神授説を唱えピューリタンを迫害。
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ジェームス1世
1566-1625
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1702年:カディスの戦いで英国はスペインに敗北
オペラ「ロベルト・デヴェリュー」に出て来るカディスの戦いとは別の戦い
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舞台:イングランド
時代:テューダー王朝
題材:エリザベス1世の晩年
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1587年カディス港襲撃のこと
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両親はヘンリー8世とアン・ブーリン
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英国の王はジェームスに譲る |
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1625年:チャールズ1世即位

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父=ジェームス1世
母=アン・オブ・デンマーク
配偶者=ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス
1625年父ジェームス1世より王位を継承し、スチュアート朝の二代目国王に就任。チャールズ1世は「王権は紙より与えられたもので、人民は王に反抗することはできない」とする王権神授説を受け継ぎ清教徒を弾圧した。
さらにスコットランドに大使てイングランド国教会を強制したため、スコットランドの反発を招いた。
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チャールズ1世
1600-1649
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1642年:ピューリタン革命
クロムウェルが権力を握るが次第に独裁化し、王政復古に繋がる
1644年:ヘンリエッタはイングランドを逃れパリに亡命
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父=アンリ4世
母=マリー・ド・メディシス
配偶者=チャールズ1世
子=チャールズ2世
1609年にルーヴル宮殿でアンリ4世の第6子として誕生。
15歳の時にイングランド国王チャールズ1世と結婚するが、カトリック信者であり、英語を話せない彼女はイングランドでは不人気。1649年に夫であったチャールズ1世が処刑され、パリで亡命生活を送るが、1660年王政復古で長男チャールズ2世が国王として即位すると、イングランドに帰還した。
1665年にはパリに戻り4年後に死去。遺体は歴代フランス王家の墓所サン・ドニ大聖堂に埋葬された。
イングランド人が入植した北米のメリーランドはチャールズ2世が母マリアに因んで名付けた地名で、現在のメリーランド州となっている。
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ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス
1609-1669
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1649年:チャールズ1世処刑
英国史上唯一の共和制
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舞台:スコットランド
時代:清教徒革命(1642年)
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清教徒革命
1642年〜1643年にイギリスで起きた内線。スチュアート朝の絶対王政に対し議会派のプロテスタント一派が立ち上がったためピューリタン革命と呼ばれる。
議会派が勝利した結果、149年1月に国王チャールズ1世は処刑され、王政は廃止。イングランド共和国が樹立された。闘いの中で頭角を表したオリバー・クロムウェルが最高統治権を掌握し、独裁政治を行った。
1658年にオリバー・クロムウェルがマラリアで亡くなると、跡を継いだ息子のリチャード・クロムウェルに対して不満が噴出。チャールズ1世の息子であるチャールズ2世を亡命先のオランダから迎え入れ王政復古が行われた。 |
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1660年:王政復古
1685年:ジェームス2世即位

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父=チャールズ1世
母=ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス
チャールズ1世の末子。カトリック教徒の国王
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ジェームス2世
1633-1701
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1688年:名誉革命
1689年権利の宣言
ウィリアム3世とメアリー2世の共同統治
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父=オラニエ公ウィレム2世
母=メアリー・ヘンリエッタ・スチュアート
配偶者=メアリー2世
チ
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ウイリアム3世
1650-1702
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父=ジェームス2世
母=アン・ハイド
配偶者=ウイリアム3世
チ
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メアリー2世
1662-1694
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舞台:スコットランド
時代:名誉革命(1688年)の前
題材:1669年にスコットランドで実際にあった史実
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オペラ第二幕、アルトゥーロの到着の前に
エンリーコがルチアに語る言葉。
ENRICO
M'odi.
Spento
è
Guglielmo... ascendere
Vedremo
in trono Maria...
Prostrata
è nella polvere
La
parte ch'io seguia...
*聴くのだ。グリエルもが亡くなった。マリアが王座に就くであろう。
私が支持する勢力が打ちのめされてしまったのた。
この絶壁から引き上げてくれるのはアルトゥーロだけだ。
*ウイリアムが死んでメアリーが女王になる。
*王の跡を継ぐのはマリア王妃
実際にはメアリーが先に天然痘で亡くなり、
以後はウィリアム3世の単独統治となった。
イングランド王位はメアリーの妹アンが継承した。 |
1677年 |
ウィリアムとメアリーが結婚 |
1685年 |
メアリーの父ジェームスがイングランド・スコットランド王に即位 |
1689年 |
ウィリアム3世イングランド王に即位、メアリーとの共同統治。
ウィリアムがオランダ総督を兼ねたままウィリアム3世として女王メアリー2世と共にイングランド、スコットランド、アイルランドの王位に就く。
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1694年 |
メアリー2世天然痘で死去。ウィリアム3世の単独統治 |
1702年 |
ウイリアム3世、ハンプトン・コートで落馬、死去
王位はアンが継承。 |
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パーセル「メアリー女王の葬送音楽」
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