大聖堂 果てしなき世界 |
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時代背景=14世紀・イングランド 物語は1327年11月1日、キングズブリッジ大聖堂の内部で幕を開ける。 エドワード三世は、フランス王位継承権を主張し、また羊毛工業の盛んなフランドル地方の領有問題を巡って6年後にフランスのフィリップ六世(ヴァロア家創始者)との間で百年戦争を起こした。 tabi-taro歴史の日 1328年2月1日 カペ−朝断絶し、ヴァロア朝創設
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上巻 マーティンが21歳になったその年の聖霊降誕日、滝のような大雨がキングズブリッジ大聖堂を襲った。大きな雨粒が石盤の屋根を叩き、側溝は溢れ、ガーゴイル(怪物の形をした屋根の水落としの口)から水が噴出した。雨水が控え壁(バットレス)の全面を濡らし、アーチを伝い、円柱を流れ落ちて、聖人の像をぐっしょりと濡らした。空も、巨大な大聖堂も、町も、すべてが灰色に暗く濡れそぼっていた。1-117 |
中巻 「あんたはこの町を自由都市にするための運動を裏で推進してくれた。あんたの婚約者が架けた橋は羊毛市を救ってくれたし、羊毛の値段が下落したときは、あんたの布地が町を繁盛に導いてくれた。それに、現職のオールダーマンの子供だ。この組織は世襲ではないが、リーダーの家系にはリーダーが育つとみんな思っている」 「あなた、何で殴ったの?」「宿舎の壁にあった木の十字架です」「ああ」カリスは言った。「打たれた反対の頬を差し出すのはもううんざりだわ」2-352 1346年7月、国王エドワード三世(プランタジネット家)はイングランド史上最大の、千隻近い侵攻艦隊をポーツマスで組織した。向かい風に足止めされたものの、7月11日、大艦隊はついに秘密の目的地に向け出航した。2-404
カリスはやがて、エドワード王とその軍勢が上陸したのはフランスのバルフルール近郊の北岸、サン・ヴァース・ラ・オグ(シェルブールの東)の広い砂浜だと知らされた。2-405 風向きが変わったのはセーヌ川まできたときだった。ルーアンで橋が壊されていると分かり、町は・・・向こう岸だったが・・・堅固に要塞化されていた。フランス国王フィリップ六世(ヴァロア家)その人が町にいて、屈強な軍隊を率いていた。2-425 プリンス・オブ・ウェールズの部隊が行軍を先導し、国王の部隊がつづいた。ラルフは前衛にいて、16歳の皇太子が一緒にいた。名は父と同じエドワードだった。 陽が昇ろうとするころ、先鋒がセーニュヴィルに到着した。村は川面(ソンム川)から30フィート切り立った崖の上にあった。川岸に立ってラルフは恐るべき難関を眺めた。1マイル半の水と湿地帯。浅瀬の目印となる川底の白っぽい石が見えた。河口の向こう岸は緑の丘だった。2-437 上席にいるのがフィリップ王のようだった。53歳で、ブロンドの顎鬚に白いものが混じっている。 隣に座っている、王に似た年下の男・・・あれが私の主君だよ。王の弟で、アランソン伯のシャルルだ。2-449 エドワード三世は即位して19年になるが、まだ33歳だった。背が高くて肩幅が広く、美男というよりは堂々としていて、権力向きといえる顔をしていた。大きな鼻に高い頬骨、そして豊かな長い髪の生え際が広い額から後退しつつあった。彼が獅子と呼ばれる理由が、カリスにはわかった。2-477 ローランド伯爵がクレシーの戦いの翌日に亡くなったとき、数人が出世の梯子を一段登った。伯爵の長男のウィリアムは爵位を継ぎ、シャーリング州の領主として国王に仕える身となった。そして、サー・ラルフ・フィッツジェラルドはテンチの領主に任ぜられた。それから18ヶ月はだれも故郷に戻れなかった。みな国王とともに進軍し、フランス人を殺すことに忙しかったのだ。やがて1347年になると、戦いは膠着状態に陥った。イングランド軍は重要なカレーの港町を攻略し、占領したが、それ以外には十年に及ぶ戦争の見るべき成果はほどんどなかった。2-496 1348年、この病気にかかった者のほとんどは五日以内に死亡した。人々はこれを「大悪疫(ラ・モーリア・グランデ)=ペスト=と呼んだ。フィレンツェは共和国で、王侯貴族の支配下にはなく、統治しているのは相争う商人の家系の名士だった。街には何千人もの職工が住んでいるが、財産を築くのは商人だった。彼らは大邸宅の建造に大枚をはたき、それゆえこの街は、才能ある若い建築職人が身を立てるには絶好の環境だった。2-515 しかし、ラルフの答えは驚くほど慎重だった。「おれの見るところでは、イングランドの騎士もフランスの騎士もそれほど変わりませんよ。フランスはまだ、下馬した騎士と兵士を弓隊で挟み込むおれたちの戦闘隊形を理解できていないだけなんです。やつらはいまだに、自滅的に正面から突っ込んでくるんです。できれば、今後もそうしつづけてほしいものですがね。しかし、いつかは気づいて戦略を変えてくるでしょう。おれたちは守りに関しては無敵です。ところが、いまのわれわれの陣形は攻撃にはまったく役に立たないんですよ。だから、負けもしないけど勝ってもいないんです」 頭にあるのはシャルトル大聖堂の南塔だった。二百年前に建てられたもので少々時代遅れだが、間違いなく大傑作だった。シャルトル大聖堂の塔で気に入っているのは、四角い塔から八角形の尖塔へつながる部分だった。塔のてっぺんには、対角線上に向き合った小尖塔が四隅に一つずつ配置されている。塔の四つの側面中央には、小尖塔と似た形の屋根窓が同じ高さに配されている。これら八つの建造物はその背後にそびえる塔の八つの傾斜した側面と調和しているので、四角形から八角形への変化は目で見てもわからないくらいだった。2-625 |
下巻 修道士が集まると、ゴドウィンは彼らの前で創世記を読み上げた。「神はアブラハムを試された。“あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい” 次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を割り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。三日目になって、アブラハムが目を凝らすと、遠くにその場所が見えたので、アブラハムは若者に言った。“おまえたちは、ろばと一緒にここで待っていなさいわたしと息子はあそこに行って、礼拝をして、また戻ってくる”」3-40 カリスは意表をつかれた。「何ですって? 高い給金って、いったいだれが出すの?」「隣り村の裕福な農民ですよ」ウィルが憤慨して答えた。「貴族の払う給金は1日1ペニーと決まっていて、労働者は常にそれだけ受け取ることになっているんです。本来はそうあるべきなんですが、身勝手なやつというのはいるもんですからね」「あとさきを考えない人間もいるんですよ、マザー・カリス」ウィルが言った。3-129 グエンダはふたたび落ち込んでいった。「すべてがわたしたちの敵になったの」彼女は辛そうに話した。きっぱりとした口調で、ほかの者たちも気持ちは同じだった。支配階級が農民に対してできるすべて・・・・飢えさせること、騙すこと、暴行すること、盗むこと・・・・のなかでもっともひどいのは、自尊心を傷つけることだ。そういう辱めを受けた人間は、それを決して忘れない。3-197 「あのね、ルカの福音書には“外套を二着持っているものは、一着も持たない者に分けてやれ”と書いてあるの。 カリスは深く息を吸い込み、さらにつづけた。「キングズブリッジは、もう長いこと、古くさい修道院の規則に縛られてきました。修道院長は慎重で保守的で、どんな変化や改革も本能的に嫌がります。ですが、商人は変化によって生きています・・・常に稼ぐための新しい方法を探したり、少なくとも、何がいい方法なのかを考えようとします」3-278 キングズブリッジでは疫病で何千人も死んでいて、ティリーも殺されたのに。それでも、カリスは希望を感じていた。それはもちろん、計画があるせいだ。計画があれば、いつだって希望が持てる。新しい防壁、保安隊、塔、自由都市特権、そして何より、新しい施療所。すべてをきちんと段取りするための時間をどうやって作っていこうか?3-292 フィリッパがつづけた。「人間は心のどこかにそういった蛮行を止める何かを持っています。他人の痛みを感じる能力・・・いえ、強制力です。これは本人にはどうしようもないものです。サー・グレゴリー、あなたは女性を強姦できないはずです。彼女の悲しみや苦痛を感じ、苦しみに共感してしまうために、心が挫けてしまうのです。他人の痛みを感じる能力に欠けるものは、人間ではありません。たとえ二本足で歩き、言葉を話すとしてもです」3-331 「いいこと、わたしはこれまで大切にしてきたものを何もかも奪い取られたのよ」そして振り向き、感情を抑えていった。「すべてを失うと・・・・すべてを失うと、失うものは何もなくなるのよ」3-425 聖母信仰の人気は高まる一方で、教会側もそれを許していた。聖母マリアに対する信心の広がりが、ペスト以降に信徒たちのあいだで起こっている信仰への疑問や、異端説を打ち消すものとして働いているためだった。数多くの大聖堂や教会が、構内でももっとも神聖な場所とされる東端に、聖母マリアに捧げる小さな礼拝堂を特別に設けるようにもなっていた。3-519 しかし、ギルドを召集する前に、カリスとマーティンは主だった会員に個別に会って、あらかじめ彼らの支持を取りつけることにした。マーティンがずっと昔に編み出した手法である。彼のモットーは次のようなものだった・・・・・。“会合を開くのは、結果の予想がついてからにせよ”3-561 なぜこんなにも悲しいのだろうか? さんざん考えた末に辿りついたのは、ラルフが違う生き方をしていれば、違う人間になっていたかもしれないと思ったからかもしれない。激しい暴力性を欲望にまかせて満足させるのではなく、そういった感情をうまく制御できる人間にだってなれたかもしれない。野心に駆り立てられて自分の栄光だけを求めるのではなく、正義感に裏打ちされてあの勇猛果敢さを発揮していたら、もっと違った人間になっていたかもしれない。5歳か6歳のころ、泥だらけの水たまりで木の舟を浮かべて一緒に遊んでいたときのラルフは、決して残酷でも、復讐心に燃えた人間でもなかった。そう考えると、涙が出てきたのだった。3-631 二人は眼下に広がる光景を眺めた。キングズブリッジの町が北から西にかけて広がっている。ミニチュアのように小さく見える人々が通りを急いでいる。歩いている者、馬に乗っている者、荷馬車を引く者、道具箱やら、農産物の入った籠やら、重い大袋やらを運んでいる者。男も女も子供もいる。太った者、痩せた者、貧弱で擦り切れた服を着ている者もいれば、豪華で厚手の服を着ている者もいる。どの光景を見ても、カリスは驚嘆しないわけにはいかなかった。この一人一人にそれぞれの人生があるのだ。どの人生も豊かで複雑で、過去には様々なドラマがあり、未来には夢がある。幸せな思い出もあれば、悲しい秘密もある。そこには数えきれないほどの味方が、敵が、そして、愛する人がいる。3-653 「尖塔のてっぺんには、必ず十字架が取りつけられているものなんだ」 マーティンがいった。「慣例なんだよ。でも、それ以外の部分はいろいろ手を加えてもいいことになっている。シャルトルの大聖堂は十字架が太陽を象徴しているけど、ぼくは違ったものを作ったんだ」3-636 突風が吹きつけた。カリスはマーティンにしがみついた。マーティンが足を広げて立ち、カリスをしっかりと抱きしめた。突風は吹いたときと同じように突然やんだが、マーティンとカリスは、世界の頂で、いつまでもしっかりと抱き合っていた。FINAL
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