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飃一郎が語るりんどうの咲く家
(第8作「寅次郎恋歌」より)

そう、あれはもう十年も昔のことだがね。
あたしゃ、信州の安曇野というところに旅をしたんだ。
バスに乗り遅れて、田舎道を一人で歩いてるうちに日が暮れちまってね。
暗い夜道を心細く歩いてると、ポツンと一軒家の農家が建ってるんだ。

りんどうの花が、庭いっぱいに咲いていてね。
開けっ放した縁側から明かりの灯いた茶の間で、
家族が食事をしてるのが見える。
まだ食事に来ない子供がいるんだろう
母親が大きな声でその子供の名前を呼ぶのが聞こえる。
あたしゃね、今でもその情景をありありと思い出すことができる。

庭一面に咲いたりんどうの花、赤々と明かりの灯いた茶の間、
賑やかに食事をする家族たち。
私はその時、それが、それが本当の人間の生活ってもんじゃないかと
ふとそう思ったら、急に涙が出てきちゃってね。

人間は絶対に一人じゃ生きて行けない。
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