賢者は歴史に学ぶ

日本が「尊敬される国」となるために

(渡部昇一/岡崎久彦)

「愚者は体験から学び、賢者は歴史に学ぶ」

(ビスマルク)

 

国家の品格

いかに経済的に豊かであっても、国としての品格が無ければ、国際社会において尊敬されるわけがなく、したがって日本が国際的なリーダーシップを発揮することもできない。

ところが、今の日本はまことに残念ながら、あまり仰ぎ見られているという感じではない。資源小国であるにもかかわらず、これだけの経済規模の国を作り上げたというのに、日本の国際社会における存在感はけっして大きいとは言えない。

しかし、かつての日本、ことに明治の日本には品格があった。当時の日本は欧米列強に比べれば、まだまだ小国であったが、それなりの存在感があった。個人レベルで見ても、日露戦争で活躍した東郷元帥や乃木将軍などは、一種の偉人として世界的に尊敬されていた。

国の歴史教育の重要性

19世紀、イギリスのサミュエル・スマイルズが書いた「品性論」

「国としての品格は、自分たちは偉大なる民族に属するという感情から、その支持と力を得るものである。先祖の偉大さを受け継ぎ、先祖の遂げた栄光を永続させるべきだという風土がその国に出来上がったときに、国家としての品格が高まる」

南京大虐殺

軟禁に当時20万人しか住民がいなかったのに、30万、あるいは40万の虐殺が行われたという、無茶苦茶な話を東京裁判であえて押し通したのも、東京裁判をニュールンベルク裁判と同列のものにしたいという連合国の思惑があったからなのだ。

私有財産の否定が「国家の品格」を損なう

結局、私有財産を持っているということは、個人を自由にすること。英語のインディペンデントは「独立した」という意味の形容詞だが、これは本来、誰にも頼らずに生きてゆける、つまり「私有財産が充分にある」という意味である。

1922年日英同盟解消

日英同盟さえ維持していれば、日本は戦争をしなくとも済んだ。

日英同盟の運命が決定的になったのは第一次大戦である。1914年当時西部戦線ではドイツが圧倒的に優勢だった。何とか持ちこたえていたイギリスとフランスは日本に助けを求めた。

陸軍が派兵を最終的に拒否した最大の理由というのは、「日本の国是は東洋の安寧を守ることにある」という理由だ。最終的に日本は駆逐艦だけを地中海に送った。

1921年に調印された四ヶ国条約と引き換えに、日英同盟はなくなった。日本は日英同盟と引き換えに、紙屑同然の条約を得たことになる。

しかし、たとえどんなにアメリカがイギリスに圧力をかけようと、もし第一次大戦で日本がイギリスと一緒に戦っていれば、日英同盟を潰すことはできなかった筈だ。

歴史が教える「共に戦うこと」の意義

当時の日本の指導者は、やはり歴史から何も学んでいなかったということになる。一緒に戦ったということが、いかに大事か。これは歴史の中にいくらでもある話である。

そもそも1902年に日英同盟が誕生したのも、日本がイギリスと一緒に戦ったことがきっかけだった。当時の大英帝国は「スプレンデッド・アイソレイション=光輝たる孤立」を標榜して誰とも同盟を結ばない方針であった。

1900年の北清事変で、義和団の乱が起きたとき、最も勇敢に、かつ規律正しく戦ったのが日本の兵隊だった。その姿を見て、イギリス人ははじめて日本人が信頼に足る民族だということを、肌身に知る。これがなければ、日英同盟は絶対に生まれなかった。

イギリスは日露戦争でも色々と日本を側面から援助した。

結果的に見れば、大英帝国が最も輝いていたのは、日英同盟の時期であった。

日英同盟を解消してからのイギリスは、どんどんアメリカに国際的な地位を譲っていくことになった。日英同盟がなくなってからというもの、日本の国際情勢判断はおかしくなっていくわけだが、その最大の原因はアングロ・サクソン世界からの情報が入ってこなくなったことにある。

戦前日本が開戦に追い込まれた理由

開戦前の日本は真綿で首を絞められるように、徐々に徐々にアメリカから経済的に追いつめられていた。そこで思い余って戦争に突入した。これが真相だ。

その最初の出来事が日米通商航海条約破棄であった。このために日本は自由貿易ができなくなり、自力で経済圏を獲得せざるを得なくなった。それが仏領インドシナへの進駐だったわけだが、これに対してアメリカはさらに日本に対して石油禁輸を断行した。それが19418月である。ここに来て、とうとう日本海軍は対米開戦をようやく決断する。

これからの日米関係

もし極東有事が起きて、日本政府が集団的自衛権の問題で躊躇すれば、その瞬間に、日米同盟は終わりである。第一次大戦のとき日本はイギリスと一緒に戦わなかった。その瞬間に日英同盟が終わったがごとく、アメリカは日本を見捨てる。これは歴史から導き出される結論である。

「集団的自衛権はあるが、平和憲法があるからそれを行使できない」という言語上無意味な答弁が繰り返されてきたということは戦後政治の馴合いというよりも、戦後日本の知的退廃である。

集団的自衛権を持っていることを正式に表明して、はじめて日米同盟は確固たる物になる。そして、それが実現したとき、21世紀にわたって日本は安全と繁栄を守ることができる。