1853年、ペリー提督が黒船を率いて浦賀に来航しました。
日本とアメリカの近代史の幕開けです。
1945年9月2日、ミズーリ号の甲板で日本の降伏文書調印式が行われたその日、戦艦のマストに高々と翻っていた旗は、その昔、ペリー提督が浦賀来航の際に掲げていた星条旗そのものだったと聞いた時、1898年のハワイの併合さえもアメリカの環太平洋政策の流れの中の必然であったのかと思えてきます。
今や、年間に150万人もの日本人が訪れる常夏のパラダイス、ハワイ・・・
ビーチで日光浴をし、ブランド品を買いあさる観光客のうちの何人が、ここアリゾナ記念館を訪れるのでしょうか?
その観光客の多くも、すでに戦争を知る世代から、戦争を知らない世代へと、世代交代が進んでいます。
一人でも多くの日本人に、この日米の近代史の「偉大なる記念碑」を訪れていただき、前世紀半ばに真珠湾で起こった事実と、そしてその後に日本が背負った重い十字架に思いを馳せていただきたいものだと、切に感じました。
19世紀、イギリスのサミュエル・スマイルズはその著「品性論」
の中でこう記しています。
「国としての品格は、自分たちは偉大なる民族に属するという感情から、その支持と力を得るものである。先祖の偉大さを受け継ぎ、先祖の遂げた栄光を永続させるべきだという風土がその国に出来上がったときに、国家としての品格が高まる」
記:2005年2月14日 戦艦ミズーリ号(左)とアリゾナ・メモリアル
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